HOME ≫ Category 「興味」 ≫ [1] [2] [3]
THE家紋 家紋とは…?四
2009.12.29 |Category …興味
THE家紋 家紋とは…?三
2009.12.29 |Category …興味
この時代は「遣唐使」の廃止などにより大陸との交通が活発さを失い、政治や文化を
唐から真似ていたが日本独自の「国風文化」がでてくる。
朝廷につかえる貴族は自身の一族を他家と区別する目印として特色を帯びた紋様を使うようになり
「牛車」や正装である束帯の上着の部分に紋様を入れていた
自身の一族の勢力を表すもの・また、儀式において自分の座る位置を間違えないようにという意味も
あったとのことです。
その後、当初権力の誇示と実用性を軸に「身印」という呼び方で個人を示すものとして扱われていたものが
世襲されるものになり、家の紋様、家紋となって成立するようになっていったとのことです。
「遣唐使」…海外情勢や中国の先進的な技術や仏教の経典等の収集が目的とされた。
「牛車」…ウシや水牛に牽引させる乗り物 平安時代には貴族の乗り物になっていた。
THE家紋 家紋とは…?
2009.12.27 |Category …興味
何のためにできたのか気になったので今更ですが調べてみました

実は家紋の祖先と言われるようなものは太古の昔からあったみたいで、絵を岩に書いたり紋様を
描く行為などは家紋につながるものがあるといいます。
時代がすすみ家紋に通ずる家系や権威の象徴として機能した走りは「印章」と言われるもの
紀元前3200年頃にオリエントで発生したと言われる「印章」は発明されて間もない文字を刻んだもので
物資の所有権を主張したり書面の価値を保障するものでもあった。
殷の時代では紀元前1600年頃の遺跡から「印章」が見つかっている
日本では縄文土器に表れているように雲や渦巻き、火などの自然を崇拝しそれを入れていたとされる。
THE家紋 五
2009.12.26 |Category …興味
「菱」…全国の池沼地に自生する水草でギザギザの葉っぱがスポンジ状の浮きとなって水面を覆う
果実は茹でると食べられ、硬い皮を割って中の種子は栗のような味がする
硬い果実は三角錐の形をしているため、乾燥させて地面にばら撒くと追ってを食い止める
ことができる。そう忍者が逃げるときに使用する「撒菱(まきびし)」である。
そんな昔から日本人に愛されてきた菱は織物の幾何学的模様としても使われた
戦国武将として菱紋を用いていたのは「武田信玄」である
武田信玄…大永元年11月3日(1521年)生~元亀4月12日(1573年)没
戦国時代、四方を山に囲まれた甲斐国で、知謀策謀の限りを尽くし強固な家臣団と国造りで領土を広げ、
“戦国最強の騎馬軍団”を率い織田信長・徳川家康も恐れた男
有名なのは「風林火山」など
現在、日本の企業でも大手の「三菱財閥」は武田家の末裔からであり家紋を「寄せ三つ菱」に変え
成功している。また創業者の岩崎弥太郎は坂本龍馬のところでお伝えした「竜馬伝」でも
関わりがある。
THE家紋 四
2009.12.25 |Category …興味
本日の家紋は「亀甲紋」です。
さてこの家紋を用いた戦国武将は誰でしょう?
<1>豊臣秀吉 <2>直江兼続 <3>織田信長
正解は最後に発表しますのでお時間のある方は最後まで読んで下さい!
まず「亀甲紋」について…北方を守護する玄武(亀)にあやかった紋
香取神宮や出雲大社の神紋として使われていたものが庶民に広がった
北からの脅威に対する守護の願いに込めて神紋として使われていた
~神社や戦国時代に使われていた「亀甲紋」ですが、今でもよく見かける家紋でもあります~
1、ビデオやゲームでおなじみの「ゲオ」も家紋をモデルにしている
創業者である遠藤結城の家紋であった三つ盛り亀甲のイメージを現代風にデザインしたものである
2、老舗醤油メーカーの「キッコーマン」
創業者の茂木佐平次が上にも書いた香取神宮の氏子だったので採用した。
氏子…日本において、同じ地域(集落)に住む人々が共同で祀る神道の神のことである。
同じ氏神の周辺に住み、その神を信仰する者同士(ウィキペディアより)
さて、お待たせしました!?正解を発表します。
<2>の直江兼続です。なかなか難しかったですかね~
直江兼続…NHKの大河ドラマ「天地人」で今話題の歴史上の人物になってますが少しご説明を…
永禄3年(1560年)生~元和5年(1620年)没 主君である上杉景勝を補佐し、豊臣秀吉から山城守・山形30万石の贈与などの引き抜き行為を幾度も断るなど、忠義に厚い名将として知られる。
近頃やっとブログを打つ生活にも慣れましたが飽きっぽいのでぜひコメントお願いします。

